クルマ好きの心を、長く捉えて離さない存在とは、いったいどのようなものでしょうか。
それはきっと、「他とはどこか違う何か」を備えているからにほかなりません。
際立って美しいスタイリングかもしれませんし、思わず圧倒されるような迫力、あるいは長い歴史に裏打ちされたブランド力かもしれません。なかには、純粋に性能を突き詰めるという一点において、“他とは異なる何か”を獲得した存在もあります。
そうした“他とは異なる何か”を体現するブランドのひとつが「Mercedes-AMG」です。
ここをご覧になっている皆さまなら、その魅力をすでにご存じかもれません。では、なぜAMGはこれほど長きにわたり、多くの人の心を惹きつけ続けてきたのでしょうか。
このコラムでは、その背景にある歴史や思想、そして世界観を紐解きながら、皆さまとともにMercedes-AMGの奥深い世界へと、少しずつ踏み込んでいきたいと思います。
AMGの誕生と挑戦
AMGの物語は、1960年代半ばにさかのぼります。
創業者は、ハンス-ヴェルナー・アウフレヒト(Hans Werner Aufrecht)とエアハルト・メルヒャー(Erhard Melcher)。
当時、ふたりはダイムラー・ベンツのレーシングエンジン開発部門に所属するエンジニアでした。
強い技術的探究心を持つアウフレヒトとメルヒャーでしたが、当時のメルセデス・ベンツはレース活動を休止しており、思うようにモータースポーツ用エンジン開発に携われない状況にありました。
それでも彼らの情熱が冷めることはありませんでした。「自分たちが理想とするエンジンを作りたい」そんな想いが、すべての始まりだったのです。
アウフレヒトの実家のガレージで、ふたりは既存のメルセデス製エンジンをベースに、徹底したチューニングを施していきました。
その成果は、ほどなくして結果として表れます。彼らが手がけたエンジンを搭載したメルセデス・ベンツ300SE(W112)はツーリングカー選手権で連戦連勝を重ね、シリーズチャンピオンに輝いたのです。
この成功をきっかけに、アウフレヒトはダイムラー・ベンツを退社。
メルヒャーを説得し、ブルクシュタルにあった元工場を拠点として、エンジニアリング会社「AMG」を設立します。
メルセデスの性能を最大限に引き出すことに特化した、独立した存在の誕生でした。
ちなみに「AMG」という名前は、アウフレヒトの「A」、メルヒャーの「M」、そして最初のガレージがあったグロース・アスパッハ(Großaspach)の「G」を組み合わせたもの。世界的には「エー・エム・ジー」と呼ばれていますが、本国ドイツでは「アー・エム・ゲー」と発音されることもあります。
ここで登場した地名はいずれも、実はごく近い距離にあります。
たとえば、現在の本拠地アファルターバッハを私たちの「AMG東京世田谷」に置き換えると、創業地ブルクシュタルは駒沢公園、グロース・アスパッハは下北沢といった位置関係。
AMGは、世田谷区ほどのエリアの中で約60年にわたり歩みを重ね、成長してきたブランドなのです。
話を戻しましょう。
黎明期のAMGに大きな飛躍をもたらしたのが、メルセデス・ベンツ300SEに搭載されたM189型3ℓ直列6気筒エンジンの開発でした。吸排気系や燃焼効率を徹底的に磨き上げ、その性能を限界まで引き出す。
AMGはこうして“メルセデスのエンジンチューナー”として名を広め、やがて世界的なパフォーマンスブランドへと成長していくことになっていきます。
世界初の専売拠点「AMG東京世田谷」
世界初のMercedes-AMG専売店として、2017年1月にオープンしたのがAMG東京世田谷です。
おかげさまで、今年で8年目を迎えることができました。
東京都内の主要幹線道路である環八通りの内回りに位置し、東名・東京インターチェンジや国道246号、第三京浜玉川出入口からもアクセスしやすい立地が魅力。
黒とシルバーを基調とした建屋は2フロア構成で、約1,000平方メートル、テニスコート5面分という広々としたショールームを備えています。
環八側からのアプローチは間口が広く緩やかなスロープになっており、ワイド&ローのAMG GTのようなモデルでも安心して乗り入れが可能。クルマのまま建屋に足を踏み入れると、壁面を彩る光のバーが目に飛び込み、まるでサーキットに向かうピットロードに入り込んだかのような高揚感を覚えます。
その先で出迎えるのは、ピットクルー……ではなく、Mercedes-AMGに精通したスタッフたち。
雨の日でも濡れることなく入店できる動線など、随所に細やかな配慮が施されています。
ここは単なるショールームではなく、Mercedes-AMGの熱量と世界観を体感できる特別な空間なのです。
最新のMercedes-AMGに触れ、見て、感じて、その魅力にどっぷり浸る。
そんな時間をぜひここでお過ごしください。
さて次回は、「AMG東京世田谷誕生の経緯」についてお話ししましょう。